先日ジャズピアニストの山下洋輔さんと
解剖学者の養老孟司さんの対談番組を
見ました。
お二人の語りはどれも面白くて、
・言葉を音楽で表現すること
・壊すのではなく、別のことに入る
・虫と音(振動)の話 などなど。
どの話も面白かったのですが。
この番組で印象に残ったのは、
養老さんの言葉。
「解剖は自然物に名前を付ける行為」
ということと
「名前を付けるとは物を切る、ということ」
養老さんのコメントを借りると、
消化器官は口からおしりまでの1本の管。
これをここからここまでが食道、
ここからここまでが胃・・・
と切り分けて
名前を付けることで、そういうものなのだ、
と認識する。
名前が無いと、何者かわからない。
名前があることで何者かがわかるので、
人は安心する。
新しいものに触れる時や人が
「先が見えない不安を感じる時」
にも共通するなと思いました。
音楽も時間を切って名前を付ける、
ということなのかもしれませんね。
山下さんも養老さんのお話に目をキラキラ
させながら対話しておられました。
また
「あいつとはわかりあえない!
あいつはバカだ」
と思っている
「自分の壁」という話も
対話に関する話題でよく出てくる
背景の相違と 同じだなぁと思いながら
聴いていました。
気になったので後から養老さんの著書
「バカの壁」も
パラパラと読み返していました。
10年以上読み返していなかったのですが、
初めて読んだ時。
「昨夜寝た私と今朝起きた私は別人である」
といったことを書いてあるところが一番印象に残っています。
今読み返しても、初回とは違う面白さを見つけられそうなので
また読んでみようと思います。
ecorazón (エコラソン)
riezoo.y.m@gmail.com
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